*韓国ドラマあらすじ部*

韓流時代劇(韓国歴史ドラマ)の最終回までの全話あらすじストーリー(ネタバレ)&感想レビュー&人物相関図など。女人天下、同伊(トンイ)、王女の男、チャンヒビン、馬医、王と私、王の女、正祖イサン、大王世宗(テワンセジョン)、太陽を抱く月、キムマンドク、インス大妃etc

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<ペク・クァンヒョンは司僕寺の馬医ではなかった!? 「馬医」 あらすじ 補足>

ペク・クァンヒョンの最初の職業は「馬医」でした。
ドラマでは、牧場で腕を磨いた後に司僕寺(サボクシ)の馬医となります。

当時、医官に内医院勤務と町医者がいたように、馬医も2種類いました。
もちろん華々しいのは「司僕寺(サボクシ)」に所属する官吏としての馬医。
王様の馬も管理するのでそのお付きとして出かける機会もありました。
ただし司僕寺の馬医になるには兵曹が主管する試験をパスしなければならず、
水野俊平さんが書かれた『庶民たちの朝鮮王朝』によると
「この試験はかなりの教養を必要とするもので・・・」とあります。
馬医がバカにされているドラマのイメージからするとちょっと意外ですね。

その試験内容とは、馬の治療に関する専門書『安驥集(アンギチプ)』から
無作為に三箇所を抽出して解釈するというものでした。
『安驥集』は中国の唐代に李石という人が編纂し、日本にも伝わっています。
セレブにしか読みこなせない漢書だったそうで、
「漢字が読めない白光炫が及第できたとは考えにくい」(『庶民~』)とか。

その証拠(?)として、『朝鮮王朝実録』の粛宗10年(1684年)5月2日に
ペク・クァンヒョンのことが「起身賤微, 且不識字」と書かれています。
司僕寺の試験を通過していたら「不識字」とは言われなかったでしょうし
医科の合格者名簿に彼の名前がないと書いているサイトもあることから、
おそらく私的に(民間で)馬医や町医を営んでいたのだろうと思われます。

ドラマ終盤の49-50話でペク・クァンヒョンが御医になれるかどうかというとき
彼が正式に医生課程を修了していないことが問題になりますが
これについては事実を正しく反映したエピソードといえるかもしれません。
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<司僕寺(サボクシ)ってどんな機関? 「馬医」 あらすじ 補足>

「馬医」の5話で淑徽(スッキ)公主が司僕寺(サボクシ)の馬医を叱り、
8話からは主役のペク・クァンヒョンが司僕寺勤務の馬医見習いになりますね。
ということで今回は「司僕寺(サボクシ)」のことを調べてみました。

司僕寺とは、宮殿の輿や馬や馬小屋の管理、牧場の馬の飼育を担当する部署。
歴史本やドラマでもこれ以上の詳しい説明は出てきませんが
昔は馬が大切な輸送手段でしたし、献上品としても使われていたので、
馬を管理する専属の部署があったということだと思います。
高麗時代からの流れをくみ、昔は「太僕寺(テボクシ)」とも呼ばれていました。
宮殿の内にある「内司僕寺」は王や重要人物の移動関連を担っており
宮殿の外にある「外司僕寺」は牧場などを管理していたようです。
ちなみに「内司僕寺」は現在の鐘路区に存在したそうで、
そこはもともとはチョン・ドジョンの屋敷があった場所でした。
太宗がチョン・ドジョンのことを大嫌いだったので
彼の家の跡地に下級機関の「内司僕寺」を建てたという説もあるとか。

司僕寺の一番上には提調(チェジョ)という役職の人がいますが、
たぶん他部署のおエライさんの兼任職かと思われます。
現場の長は、正三品にあたる司僕寺正(ジョン)。
司僕寺正の下には副正(プジョン)、僉正(チョムジョン)、
判官(パングァン)、主簿(チュブ)といった役職の人々がいました。
馬医は10人所属しています。「雑職」なので下級役人だったのでしょうか。
町の馬医はドラマのように奴婢扱いだったのかもしれません。

実は私は司僕寺と聞くとまっさきにハン・ミョンフェを思い出します。
「王と妃」や「王女の男」などをご覧になった方はご存じかと思いますが、
ハン・ミョンフェは首陽(スヤン)大君を王にするのにもっとも貢献した人物。
癸酉靖難(ケユジョンナン)という政変にかかわり、功臣の地位を得ました。

もとは地方にある敬徳宮の宮直(クンジク)といういわゆる門番職だった彼に、
癸酉靖難の後に与えられた官職が他ならぬ「司僕寺」の少尹でした。
これが功臣にふさわしい大出世にあたるかといえばそうでもないらしく、
ドラマでは「馬の番かいっ!?」みたいな言い方をされていましたし、
「馬の管理をする部署の取るに足りない閑職」と超バッサリな説明もありました。

政治機関の格でいえば司僕寺はもちろん六曹(吏曹や刑曹など)よりは下。
「◎◎院」や「◎◎寺」という名前の機関は六曹のすぐ下のグループに属し、
輿や軍用馬を扱う司僕寺は兵曹の管轄下に置かれていました。
後に出世する予定の人々が下級官職時代を送ることも多かったのでしょうね。
ちなみに「◎◎院」や「◎◎寺」よりも格下っぽいのが、
一部例外もありますが「◎◎司」や「◎◎署」という機関のようです。

というわけで、ハン・ミョンフェ以外の大物にも司僕寺歴アリな人がいっぱい。
ハン・ミョンフェに近いところでは、素行の悪さではピカイチのホン・ユンソン。
中宗側室ヒ嬪の父ホン・ギョンジュが中宗反正に加わったのも司僕寺時代です。
ここから大司憲を経て、吏曹判書を務めるまでの大躍進を遂げたわけですね。

余談ですが、司僕寺のように動物を扱う部署は他にもあります。
まずは「司畜署(サチュクソ)」。家畜の飼育などを担当していました。
今まで私が見たドラマで脚光を浴びたことはおそらくなかったような・・・。
また「典牲署(チョンセンソ)」では、王室の祭祀に使う家畜の飼育を管理。
宣祖最愛の側室で仁祖の祖母にあたる仁嬪キム氏の父親が勤務していた部署です。
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<「馬医」 あらすじ 8話>

医官が馬医に講義するのを手伝うことになったカン・ジニョン(ヨンダル)と
司僕寺の見習い馬医になったペク・クァンヒョンの距離がちぢまる今回です。

献上馬の件が評価されたクァンヒョンは、試験免除で司僕寺に入ったそうです。
王様に拝謁してベタ褒めされた!とちょっぴり話を盛って自慢していますが、
実はスッキ(淑徽)公主が捏造した王命(とご褒美の絹)をもらっただけでした。
新任の馬医長チャン・ドシクはヘナキャラ風ですが「オレは実力主義!」だとか。
そんな司僕寺の牧場で、ある日、落馬事故が起こり馬と奴婢が怪我をしました。
倒れた奴婢にジニョンが駆け寄り、テキパキと応急処置して恵民署へ運びます。
(止血剤になるということで、鍼筒のストラップの先の琥珀を石で擦ってました)
クァンヒョンが患者を心配して恵民署へ行くと、ジニョンにこう責められました。
「真っ先に馬を気にしたわよね?彼が奴婢だから?エライ人なら違ってたはず!」

牧場では、生まれたばかりの子羊が死に、もうすぐ母羊も力尽きてしまいそう。
クァンヒョンは母羊を亡くした子羊を連れてくることで、母羊に気力を与えます。
自分も父が死んだときに母馬に助けられた・・・と経験をジニョンに語りました。
その後、鍼筒を拾ったので彼女を追いかけると、両班男子と町でイチャイチャ中。
相手の男子は、久しぶりに都へ戻ったソンハ(イ・ミョンファンの息子)でした。

倒れたヒョスク大妃(仁宣王后)を治療する老首医(スイ)の腕が衰えているので
左議政チョン・ソンジョはイ・ミョンファンを次の責任者に据えるつもりです。
恵民署の提調コ・ジュマンのことは「あんなわけのわからんヤツはダメ!」とか。
可愛いスッキ公主は猫タリを温めて発熱を装い、クァンヒョンに診察させました。
チュ・ギベとチャボンは、都で馬房(マバン=馬の診療所)を開業(資金は絹)。
身分の高きも低きも行列をなす武橋湯飯(ムギョタンバン)へ3人で出かけます。
料理人はオ・ジャンバク!クァンヨンは彼にヨンダル探しを依頼していました。
一方、美人女将チュ・イノク(離縁経験アリ)はジニョンと仲良しの間柄です。

利川(イチョン)で牛疫(うよく?)が発生し、人間にも発疹症状が現れました。
クァンヒョンいわく「去年は10万頭死んだ」そうですが、すごい飼育数ですよね?
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