成宗13年(1482年)8月、3年前に廃妃になったユン氏に王命が下され、左承旨はじめ内禁衛の従事官たちがユン氏に賜薬を届けることになりました。元子の生母であるユン氏の処分に関わりたくない従事官は落馬して業務から逃れ、かわりに部下の武官ソ・チョンス(徐天壽)がしぶしぶ立ち会います。
ユン氏は恨みを抱きながら息絶え、やりきれないチョンスは酒を飲んで山で怪我。目覚めるとそこは洞穴で、「運命を握る女が三人いる」と老師に予言されます。「一人目の女はお前が殺すが死なず、二人目はお前が助けるがお前のせいで死ぬ。三人目はお前を殺すが多くの人を救う」と漢字が書かれた紙を三枚くれました。「妗」「順」「好」の三枚の紙を寺に持ち込むと、僧侶は「破字?」と推測します。
14年後の燕山君2年(1496年)、新しい王のご乱行ぶりが話題になっています。チョンスは今も悪夢にうなされ、40歳になるのに結婚もせず、内禁衛を退職。そんなある日、山奥の川で重体の女性パク・ミョンイ(朴明伊)を助けました。
ミョンイはもともと宮殿の厨房である水刺間(スラッカン)の宮女。同僚のチェ女官が大王大妃の持病に悪い薬材を食事に混ぜているのを目撃し、気味尚宮(毒味担当の尚宮)に報告したところ、尚宮と女官たちに囲まれ、「(惚れられて白粉をくれただけの)別監と通じた罪」で毒を飲まされたのです。
実は水刺間のチェ最高尚宮と気味尚宮はグルで、最高尚宮はチェ女官の叔母でした。同僚を始末したことに耐えられないチェ女官が叔母に泣きつくも、ピシャリ!中人階級に属するチェ一族はこれまで5人の最高尚宮を輩出することで繁栄し、情勢を見極めて王の食事に細工するのも厭わず権力を握ってきたのでした。
チョンスの看病で回復したミョンイは、同僚で親友のハン・ペクヨン(ペギョン)からの手紙に気づきました。「緑豆の汁(解毒)を附子湯に混ぜたわ。逃げて生き延びて。弱い私を許して・・・」。一人で旅立ったミョンイを心配したチョンスが尾行して助け、恋に落ちます。「あなたは私のせいで死ぬ運命だ」「一度は死んだ身。連れて行ってください」・・・。8年後の燕山君10年(1504年)8月、二人は娘チャングムと暮らしていました。
スポンサード リンク