*韓国ドラマあらすじ部*

韓流時代劇(韓国歴史ドラマ)の最終回までの全話あらすじストーリー(ネタバレ)&感想レビュー&人物相関図など。女人天下、同伊(トンイ)、王女の男、チャンヒビン、馬医、王と私、王の女、正祖イサン、大王世宗(テワンセジョン)、太陽を抱く月、キムマンドク、インス大妃etc

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<チャングムの誓い 相関図 その1 王室の系図>

今回より「宮廷女官チャングムの誓い」の登場人物についてまとめていこうと思います。初回のテーマは王室です。ドラマに登場する王様はほとんどが中宗ですが、実はドラマの中では5代にわたる国王の時代が流れています(登場していない王もいます)。その5代が誰かというと、成宗・燕山君・中宗・仁宗・明宗です。中宗が即位するまでの系譜と、それ以降の国王とに分けてご紹介します。

■政変により即位した中宗




★成宗/朝鮮王朝第11代国王
ドラマ初回の冒頭では、一瞬ですが成宗時代が描かれています。成宗は聖君として知られていますが、壮大な嫁姑バトルを許した末に嫁を処分しちゃった(とされています)ことでも有名な王様です。ちなみに若かりしチェ尚宮が毒を仕込んでいたのは、成宗の母インス大妃の食事です。このとき成宗は亡くなっており燕山君が継いでいますが、その燕山君とインス大妃は仲が悪かったとされています。

★廃妃ユン氏(斉献王后)/成宗の2人目の王妃・燕山君の生母
初回で毒をのまされた女性です。このときにチャングムの父が王命に従ってこの処分の遂行にかかわったことから、燕山君の時代になって追われる身になってしまいました。成宗が一時は寵愛して王妃にして王子(燕山君)も産んだユン氏ですが、姑(成宗の生母)のインス大妃に疎まれ、最後には賜死しました。斉献王后という名は、息子の燕山君が王になってから強引に復位・追尊させたときにつけたもので、一般には廃妃ユン氏として知られていると思います。

★燕山君/朝鮮王朝第10代国王
第3話で中宗反正というクーデターが起こり、国王が交代します。追放されたのが、燕山君です。遊び好きで粛清しまくった暴君として歴史に名を残しています。この反正に関わったり助けたりした人たちが中宗時代の特に前半は栄華を極めます。オ・ギョモやチェ・パンスルたちですね。

★中宗/朝鮮王朝第11代国王
燕山君に変わって即位したのが、異母弟である中宗です。「宮廷女官チャングムの誓い」に登場する王様としてはこの方ですね。

★貞顕王后ユン氏/成宗の3人目の王妃・中宗の生母
名門坡平ユン氏ご出身。もともと成宗の側室でしたが、その前の王妃ユン氏(同じユン氏でも本貫が違うユン氏です)の追放にともない王妃になり、中宗を産みました。ドラマの中で「大妃」として出てくるのはほとんどがこの方です。

■中宗の3人の妃と2人の世継ぎ




★廃妃シン氏(端敬王后)/中宗の1人目の王妃
中宗が晋城大君として暮らしていたころの夫人だった人です。中宗はせっかく国王になったのに、この方は王妃として生活できませんでした。父シン・スグンの妹(シン氏にとっては叔母)が燕山君の王妃だったので、シン・スグンは燕山君の側近として権力を握っており、中宗反正に協力しなかったとされています。中宗反正が成功したら、「妹が王妃」から「娘が王妃」になるんですけどね・・・。そこで反正軍はシン・スグンを始末してしまったため、王妃になったシン氏からの復讐を恐れ、追放したといわれています。

★章敬王后ユン氏/中宗の2人目の王妃・仁宗の生母
途中でちらりと出てきますが、ドラマの中での存在感はほとんどありません。ドラマの中で長らく「世子」と呼ばれている王子の生母です。その世子は結果的に仁宗となります。姑である貞顕王后と同じ坡平ユン氏の出身です。
◆関連記事/<登場した王妃が誰なのかをチェック>

★仁宗/朝鮮王朝第12代国王
中宗の息子ですが、長男というわけではありませんでした。父王・中宗の側室たちが生んだ王子がすでにいたからです。が、生母がすぐに亡くなったことから、中宗に可愛がられ、大妃からも可愛がられ、そして何より正室の子ということもあり、世子に冊封され、王座にのぼりました。「宮廷女官チャングムの誓い」では、世子時代は登場しますが、国王時代の登場はありません。そもそも仁宗は最も在位期間が短い国王なので、その治世といってもあっという間です。また、仁宗が死んだのは、息子を王にしたい文定王后が毒入りまんじゅう(餅かも)を食べさせたのが原因!?という野史が残っています。

★文定王后ユン氏/中宗の3人目の王妃・明宗の生母
文定王后も坡平ユン氏なのですが、かなり貧しかったそうです。ドラマではチャングムのよき理解者・後ろ盾として描かれることが多かったキャラクター。実際には、息子を王にした後に専制政治で好き勝手しまくっただの、僧侶といい仲になっただのと、あまり評判のよろしくない方です。「女人天下」では文定王后と悪女チョン・ナンジョンが側室や政治勢力と戦い抜き、息子を王にするさまが描かれています。

★明宗/朝鮮王朝第13代国王
ドラマの中では「慶源大君」として出てくることが多かった人です。最終回では王になっており、母の大王大妃とともにチャングムを迎えます。結局世継ぎは残せず、中宗の側室・昌嬪アン氏の産んだ系統へと王位が譲られました。
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<内医院に実在した医女シンビ、ウンビ、ケグム 「宮廷女官チャングムの誓い」 あらすじ 補足>

済州島の首医女チャンドクが『朝鮮王朝実録』に登場したのが2回(くらい?)なのに対し、チャングムのほうはもっと多く記載があります。興味のある方は、『朝鮮王朝実録』サイトで「醫女 長今」と入力してみてください。おそらく9件がヒットします。そして「女醫 長今」と入れると1件ヒットするので、チャングムについての記述が合計10件ほど発見できると思います。

なお、『朝鮮王朝実録』のサイトでは漢文表記も選べるので(この頃の知識層は漢文を使っていましたので原文は漢文です)、ぱっと見て感覚的に意味を理解したい方は漢文をおすすめします。で、『実録』に何が書かれているかというと、すでに書籍やインターネットでも紹介されているように、チャングムがご褒美をもらったこと、章敬王后のお産でとがめられたこと、医術がすぐれていたこと、中宗の病状を報告していることなどなどが記載されています。

このほかに注目したいのが、シンビ(信非)、ウンビ(銀非)、ケグム(戒今)など、ドラマに出てくる内医院の医女たちの名も登場することです。シンビはおなじみチャングムの親友、ウンビはチャングムにつっかかり気味だった先輩医女、ケグムは御医女さまですね。

ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」でのチャングムの生涯はほとんどが創作ですが、小さなところにリアリティがちりばめられていて、そういう発見もおもしろいですよね。
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<済州島に実在した医女チャンドク(長徳/張徳) 「宮廷女官チャングムの誓い」 あらすじ 補足>

チャングムが流刑された済州島で出会った首医女チャンドク。卓越した知識と技術、サバサバした性格、歯に衣着せぬ物言いが気持ちいいキャラでしたね。個人的には、ドケチなナジュテク(カン・ドック妻)を言い負かすシーンが好きです。ご存じの方も多いと思いますが、このチャンドクは実在した人物です。その記述を『朝鮮王朝実録』から探ってみようと思います。

■済州島のチャンドクは中宗時代には亡くなっていた


1488年(成宗19年)9月28日「馳書濟州牧使許熙曰:治齒醫女長德已死, 今無傳業者。 齒、目、鼻諸般痛處能取蟲人, 勿論男女抄送。」

『朝鮮王朝実録』を「醫女 長德」で調べると上記1件がヒットします。済州島の牧使(役人)に「虫歯を治す医女長徳は死んでいて、それに詳しい者がいないから、歯、目、耳などの痛みを治す者なら男女どちらでもいいから探して送れ」と命じた記録です。

成宗とは、「宮廷女官チャングムの誓い」に登場する王様・中宗の父親。成宗の次は燕山君(中宗異母兄)が継いだので、中宗の2代前の国王になります。チャングムが活躍した時代とは少しズレていますが、済州島にチャンドクという有名な医女がいたのは間違いないようです。

■自分の医術を伝えようとしていたチャンドク


韓国語のサイトを調べていると、チャンドクは「長德」のほかに「張德」と表記しているものも発見しました。長徳と張徳が同一人物であるかは断言できませんが、虫歯の技術に秀でていた済州島の医女であったのを考えると、同じ人物である確率が非常に高そうですよね。そこでもう一度『朝鮮王朝実録』を「醫女 張德」で検索してみたところ、1件がヒットしました。長いです。

1492年(成宗23年)6月14日「右承旨權景禧啓曰:濟州醫女張德, 能去齒蟲, 如鼻眼凡病瘡處皆去之。 將死, 傳其術於私婢貴今, 國家贖爲女醫, 欲廣傳其術, 使二女醫從行, 貴今秘不傳。 近有黃乙者, 善治蠱毒而秘之, 刑問三次, 然後乃言。 女醫粉伊習其術而不及黃乙, 是不盡傳其術也, 請拷貴今問之。" 命召貴今, 問曰: "使女醫二人從行, 汝秘不傳, 必欲獨擅其利也。 汝若固諱, 當拷掠鞫問, 其悉言之。" 貴今曰: "我自七歲始學此術, 至十六歲乃成, 今我非不盡心敎, 彼不能習耳。」

上記を翻訳サイトにお願いしてみると、こんな感じのことが書かれているようです。「済州の医女張徳は虫歯や鼻、目などすべての痛みを治すことができ、死ぬ頃にその技術を私婢貴今に伝えました。 その技術を広く伝えるために医女二人を付かせたが、貴今が隠して教えない。それを責めると、『私は7歳から習い始め、16歳までかかりました。私が教えていないわけではない(=そんな簡単に習得できるものではない?)』」

これによると、チャンドクは私婢を弟子として、自分の医術を教えていたことがわかります。習得するのに相当の年月がかかる技術だったようです。そして、自分の知識や技術を弟子に教え、次世代に残そうと考えていたという、視野の広い賢い女性だったこともうかがえますね。そんな生き様は、「宮廷女官チャングムの誓い」で、チャングムの資質を見抜いて医術を教え込んだり、地域の医療のために真水をつくる設備を用意したりするなどのエピソードにも生かされているように感じます。
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