そういえば「王と私」の主役であるキム・チョソン(金処善)について
一度も記事にしていなかったのに気づきました。
「情けのヤスさん」としか見てませんでした、すみません・・・
手持ちの資料にあまり情報がないので簡単にまとめたいと思います。
キム・チョソンは『朝鮮王朝史』のコラムで取り上げられています。
宦官としては破格の扱いといえそうです。
李氏朝鮮時代、宦官は内侍府に所属し、各所に配置されていました。
その人数は240名ほどだったそうです。
キム・チョソンは世宗から燕山君まで7人の王に使えた宦官。
文宗時代には慶尚北道に配流されたり、
世祖時代には官職を剥奪され奴婢になったこともあったそうです。
医術にすぐれていたキム・チョソンはインス大妃を治療して成宗に評価され
賞金と破格の昇進(判書クラスの正二品)を与えられました。
また成宗の墓を守護した功労で燕山君からは馬を下賜されます。
お墓を守ったり流刑されたり医術の知識があったりするのは
「王と私」のエピソードと一致しますね。
しかし燕山君の暴政を見るに見かね、燕山君11年(1505年)に死を覚悟で諫言。
激怒した燕山君は弓をキム・チョソンの肋骨に放ちました。
宴会の席でのできごとだったそうです。
燕山君はキム・チョソンの養子・李公信(イ・ゴンシン?)も断罪。
さらに全財産を没収し、家に釘を打ち付けるだけでなく、
キム・チョソンの名前と同じ漢字を使っている者は改名せよ!と臣下に命令。
二四節気のうちのひとつ「処暑」を「徂暑」に変更させ、
国家文書での「処」の字の使用まで禁じちゃったそうです。こわいですね~。
ここでその被害?に遭ったクォン・ボル(権撥)という人をご紹介しましょう。
彼は「処」の字を答案に書いたため科挙文科の合格を取り消されちゃいました。
ちなみにクォン・ボルは有名な安東権氏の一員でしたが、
彼の母は坡平尹氏出身でその兄はユン・ヨピル(尹汝弼)。
「女人天下」をご覧になった方はお気づきかもしれませんが、
ユン・ヨピルは中宗の二番目の妃(章敬王后)の兄ユン・イム(尹仁)の父親です。
話をキム・チョソンに戻すと、「大長今 チャングムの誓い」2話で
ミョンイ(チャングム母)とハン尚宮が再会するシーンがあります。
このときハン尚宮が燕山君の暴政を教えるエピソードとして
「この間直言をした内侍のキム大監も妓生や官員が見てる前で矢で・・・」
と話すシーンがあります。これがおそらくキム・チョソンのことですよね。


コメント
こんばんは(*^o^*)
キムチョソンのイメージ、映画「王の男」で初めて見たので、温厚なおじいちゃんという感じでした。「王と私」でも老けメイク頑張ってましたが微妙でしたねー
よくヨンサングンとのからみで登場しそのときはおじいちゃんなので、「私」見ながら始めはあのキムチョソンだと気づきませんでした。間抜け…
「王と妃」のキムチョソンのシーンも印象に残ってます♪
>このときハン尚宮が燕山君の暴政を教えるエピソードとして
>「この間直言をした内侍のキム大監も妓生や官員が見てる前で矢で・・・」
>と話すシーンがあります。
私アレ、全然気付かなくて
(というか、2話をあまり見ないだけなんですが)
他のハン尚宮ファンに教えてもらいました(笑)
ホントに言ってますよね!
ちなみに確かフルネームで言ってませんでしたっけ?
あれ?苗字だけでしたっけ?f^_^;
…うぅぅ、忘れた(T_T)
ハン尚宮って貞熹王后の顔を見たことあるのかな?
もし見てたら「自分と似てる!」とかビックリしてたりして…
なんて、バカなことを考えたのでした~(笑)
★黄梅さま
> よくヨンサングンとのからみで登場しそのときはおじいちゃんなので、「私」見ながら始めはあのキムチョソンだと気づきませんでした。間抜け…
いえいえ、私も気づきませんでした。
「チャンノクス」でも何話か見てから「あああの内侍がチョソン!!!?」みたいな。
あの時代の内侍は要チェックだなと学びました。
「王と妃」のキムチョソンにも楽しみです♪
★かよさま
> ホントに言ってますよね!
> ちなみに確かフルネームで言ってませんでしたっけ?
> あれ?苗字だけでしたっけ?f^_^;
ああああ~すみません。
フルネームだったかは私も思い出せません。
今度ネット配信があったらチェックしておきます!
> ハン尚宮って貞熹王后の顔を見たことあるのかな?
> もし見てたら「自分と似てる!」とかビックリしてたりして…
あははは。かよさんらしい想像ですね。
そしたら月山夫人のことも見てみてほしいです♪