光海君10年(1618年)8月10日、判義禁府事イ・イチョムが凶書事件を審問。
ハ・インジュンは単独犯だと言い張り、師匠ホ・ギュンの名を出しません。
そこでイ・イチョムは以前ホ・ギュンを弾劾したキ・ジュンギョクの上書を再論。
イ・イチョムが守ってくれると信じていた気の毒なホ・ギュンが捕らえられ、
投獄されたホ・ギュンにイ・イチョムは「数日間の辛抱だ」と伝言するのでした。
世子の側室にホ・ギュンの娘を迎えたい王妃ユ氏は穏便な処分を光海君にお願い。
そこへ光海君のチョ昭訓へのおわたりをせかすキム・ゲシ尚宮の声が聞こえます。
チョ昭訓がたっぷり賄賂をくれるのか(?)キム尚宮イチ押しの側室のようです♪
告発したキ・ジュンギョクと告発されたホ・ギュンが呼ばれ、事実の検証を開始。
キム・ユンファンに西宮に矢文を放たせたことなどをキ・ジュンギョクが暴露し、
ホ・ギュンは謀反を起こすつもりだったのに命が無事なのか!?と罵倒します。
『実録』には両者から上書が届いたことは書かれていますが、内容は不明とか。
兵を率いて発った都元帥カン・ホンリプは平壌に駐留したまま川を渡ろうとせず、
体察使パク・スンジョンがせかしても動こうとしないので激怒しています。
8月22日、左参賛だったホ・ギュンは官職を剥奪され、罪人の身に転落。
それでもまだイ・イチョムは「安心しろ」という伝言をホ・ギュンに送ります。
そんな中、ホ・ギュンの手下が騒ぎを起こし、彼らを捕らえよ!との王命が。
彼らはホ・ギュンの救命を求めてキム尚宮の実家に押しかけてきていたそうで、
キム尚宮の母親がちゃっかり賄賂を受け取った後で義禁府が手下を捕らえます。
8月24日、光海君がホ・ギュンの手下を(助けるつもりで)審問しました。
オレが書きました!貼りました!とホ・ギュンを守ろうと自白する手下たち。
なら一字一句覚えているよな?とイ・イチョムが聞くと皆が口ごもります。
こうして当代一の文筆家として知られたホ・ギュンは大逆人として散りました。
世子妃の祖父イ・イチョムは、ホ・ギュンの娘を側室にしたくなかったそうです。
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