韓国ドラマ「イサン」の英祖の側室関係(ドラマには関係ありませんが)や
後半に必要そうなイサンの側室関係などを人物相関図にしました。
正祖に至るまでの王族の系図はこちらにあります。
私は現在NHKで視聴真っ最中でその後の詳しい展開は知りません。
まあこんなもんかな?と推測して勝手にまとめました。
よって資料を読み込んだりドラマが進むにつれて改変する可能性はあります。
ネタバレっぽい部分を含んでいますのでお好きでない方はご注意くださいね。
それと、庶子や女の子を微妙に省いています。
これは、私がすっかり李氏朝鮮ドラマに染まった
のかもしれませんが、資料の少なさとスペースの関係です。ご了承ください。
それにしても長い!しごちゃごちゃしてますね。ほんとにすみません。
正祖のお父さん(サドセジャ)が王位を継がずに亡くなっているだけに
普通の系図を描くより一世代余分になるんです。
おまけにそのサドセジャの側室腹の子供たちに王位が移るものだから
そりゃもう(系図が)大変なことになってます・・・
それを思えば中宗のあたりはどんなにすっきりしていたことか・・・。
詳しい事情は知らないのですが、系図だけ見ていると
正祖の後は何があって王位が転がり込むかわからないびっくり箱状態ですね。
説明は追々加えていきます。ひとまずは系図アップまで。



コメント
このへんのこんがらかりようはすごいですね!清朝末期も西太后さまのおかげか(笑)なんやねん!それ!と本来王位がまわってきそうにない人にきていて混乱します。
子供が末期はなぜか減るんですよね~~王家の衰退とセットなのかな?
こんばんは^^
別のドラマ、「ホン・グギョン」ではフィギョムはファワン様の遠縁という
設定になっていました!
王族(父方)の可能性はあまり考えられないから、母方の親戚という
ことなのでしょうか・・・?
両方ドラマなので史実はわかりませんがご参考までに!
続けてスミマセン!
りんしさま、はじめまして。ようこそいらっしゃいませ!
すごくお詳しい情報をありがとうございます。
私の拙い記事が恥ずかしくなってしまうような
すばらしい後宮情報です!そんな物語が隠されていたなんて~と
大変おもしろく読ませていただきました。
ハングルでお読みになったとのことですがすごいですね。
私は一文字も読めないので
その本の日本語訳が出ればいいのに~~と思います。
> 貞純王后は継后の選考の際に出された課題で「心です!」
> と答えた事でその聡明さから王后に選ばれたそうです。
ドラマ「イサン」を見る限り「心です!」という感じでは
描かれてはいないようですが、おもしろいエピソードですね♪
側室の中でも宜嬪成氏は寵愛を一身に集めた情人で
あとの方は政治的絡みでなった側室って感じでしょうか。
それにしても王妃といい綏嬪朴氏といい、
気立てすぐれた方がいたのですね~。
後宮はみんな「女人天下」や「チャンヒビン」みたいなものだと
勝手に刷り込まれていた私にとっては目からうろこです。
> 純祖が即位した時には出宮して父の朴氏と共にひっそりと暮らし78歳で没したそうです。
これにもびっくりしました!
王の生母なのに権勢をほしいままにせず王宮を出たのですか?
純祖の時代は貞純王后が垂簾政治を行ったそうですが
それとも関係があるのでしょうか?
とにもかくにもすばらしい側室だったのですね。
色々教えていただきましてありがとうございました!
よろしければ今後ともよろしくお願いいたします。
憧れです♪
ハングルの歴史書が読めたらドラマ堪能の楽しみが広がりそうですね!
こちらで拝見できて光栄です。
そうそう、ブログにもコメントいただいたので繰り返しになってしまっていたら申し訳ないのですが、「伝説の故郷・仁宗王の書」、仁宗様、ほとんど幽霊でしか出ないので、中心ととらえていいかどうか・・
主人公は仁宗に仕えたネグミの武官なので(汗)。
別コメントからで恐縮ですが、高麗王朝ものなら、「千秋太后」なんてどうでしょう。「王と妃」で好演されたチェシラさんが主人公だし、李氏朝鮮と違って近親婚だらけだし(儒教よりも仏教が強い時代なので)、とりあえず強い皇后様(かつ皇女であり皇太后)の権謀は見られます!アクションつき(笑)。
全体として面白いかは・・視聴中なのでなんともいえませんが、私が見た高麗ものだと映画「露花店」とか、坊さんドラマ「シンドン」、開祖の「太祖王建」、「帝国の朝-光宗」なんかで、どれも男臭さ満点でした。王朝ものならシンドン以外ですが、「露花店」はラブストーリーだし、「太祖」「帝国の朝」はおっさん一代記です。
なので消極的選択で「千秋太后」に一票です^^
いつDVDになるかな?
また、ヨンジョさまで疑問なのですが、(景宗は母が賜死だから別にしても)チェ士は王様の生母なのに嬪のままなんですね。昌嬪安氏は祖母だからだと思うし、ほかの側室でも生んだ子が王様になれば「-王后」と追号されたりするのに、チェ氏は出身が低いから?なんて突如思いつきました。
まあヘビン様もだんな様が世子でも即位してないから、王后とはついていないんだったかな・・大妃にもなってなかったような・・(そう考えると大妃になれた仁粹大妃は時代背景とともにすごいですね)、ちょっとした思い付きでした^^チャンヒビンも中人で初めて王妃になったそうですし、中人階級出身の唯一の王妃だそうですから、位階は難しいですー。中人階級は側室ならままいるそうですが・・そう考えると、スクチョン、身分低めの女性が好み?
ご丁寧にご説明コメントありがとうございました。
まず、Rさまが謝られる必要は全くありません~
むしろ、貴重な情報をありがとうございましたとお伝えしたいです。
イ・サンのガイドブックの情報はかなりドラマ用の部分があり
史実とは異なっている部分が多いということですよね。
情報ありがとうございます。(ちなみに2巻は明日届く予定です!)
ドラマなので脚色や演出はあっても仕方ないと思いますが
娘がいない側室にいたことにするというのは
ちょっとよくわかりませんよね~
ガイドブックがドラマ用の本ということは承知しているので、
「史実ではこうだ」とちゃんと書いてくれたら混乱が防げますよね。
少なくともこのコメントを読んでくださった方は
ガイドの情報が史実と違う可能性を覚悟しながら読まれるはずです。
ご親切なご連絡をありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします!
黄梅さま、いらっしゃいませ~
> 別コメントからで恐縮ですが、高麗王朝ものなら、「千秋太后」なんてどうでしょう。
「千秋太后」ですね!調べみます。
まだDVDにはなってないのですね。残念です。
やはり男臭いものより強い皇后様モノに惹かれちゃいますね~
> また、ヨンジョさまで疑問なのですが、(景宗は母が賜死だから別にしても)チェ士は王様の生母なのに嬪のままなんですね。昌嬪安氏は祖母だからだと思うし、ほかの側室でも生んだ子が王様になれば「-王后」と追号されたりするのに、チェ氏は出身が低いから?なんて突如思いつきました。
いわれてみるとおっしゃるとおりですね。
何か理由があったのでしょうか?でも身分の件が大きそうですね。
> そう考えると、スクチョン、身分低めの女性が好み?
私もそう思ってました~~~♪
日本でも「中の品」がよいと書かれていますし
(チェ氏は中よりももっと下ですが)
お嬢様はおもしろくなかったのかもしれませんね。
淑善翁主は女流詩人、女流茶人としても有名
実はこの淑善翁主は嫁ぎ先から父・正祖への贈り物に作ったのが
今では韓国でもそして日本でも非常に有名な大根の唐辛子漬け
「カクテキ」
流石は賢嬪とも呼ばれた綏嬪朴氏と名君・正祖の娘ですね!!
ちなみに淑善翁主の最初の夫は韓国でも有名な茶人でもあったんです。
両班で忠清南道系統の洪氏と言い風流を嗜む方だったそうです。
しかし女癖が非常に悪く、酷く淑善翁主を苦しめたとか・・・
淑善翁主が嫁いで1年後に父・正祖の命により宮中に帰宮
翌年、正祖の中宮・孝懿王后の甥→風金氏に嫁しています。
風金氏とは夫婦仲も非常に良好で子宝にも恵まれ
淑善翁主は風金氏の舅と姑に非常に孝行したそうです!!
りんしさま、いらっしゃいませ~~
> 淑善翁主は女流詩人、女流茶人としても有名
> 「カクテキ」
ほえ~~~!そんなエピソードがあるのですね。
教えていただいてありがとうございます。
「イ・サン」のこの後を見るのが楽しみになります。
> 淑善翁主が嫁いで1年後に父・正祖の命により宮中に帰宮
こちらも全く知らなかった情報で、ありがとうございます♪
ファワンといい、けっこう“出戻り”的な感じで
宮殿に戻ってくることってあったのですね。
興味深いです!
おひさしぶりです。ここのコメント欄はレベル高いですね。
いまyahoo知恵袋にはまっていまして、正祖の側室について調べているんですが、綏嬪さまは本当に控えめな方らしくて情報が少ないんです。
彼女の実家も老論派だったようですが、どんな家だったのでしょう。
ところで淑善翁主って二度結婚しているんですか。
清朝のお姫様は出戻りしても再婚できないようです。
『蒼穹の昴』の中の話なので、例外があるかもしれませんが。
りくにすさま、こんにちは!コメントありがとうございます。
> おひさしぶりです。ここのコメント欄はレベル高いですね。
ありがとうございます!コメントを下さるのは皆さんとても楽しい方々で、
ときには専門的、ときにはユニークなコメントをお寄せくださり、
皆さまのコメントに助けられ(or笑わせられ)ております!
> いまyahoo知恵袋にはまっていまして、正祖の側室について調べているんですが、綏嬪さまは本当に控えめな方らしくて情報が少ないんです。
> 彼女の実家も老論派だったようですが、どんな家だったのでしょう。
手持ちの本をざっと見てみたのですが
ほとんど情報が載っていないようで、お役に立てなさそうです。
潘南朴氏の朴準源の娘ということしか書かれておらず、
「看花」という詩を残しているようなので学者さんだったのでしょうか。
綏嬪ご本人じたいはとても徳があり控えめな方だったとか。
息子の純祖も同じように質素を好んだそうです。