位牌を焼いたクォン・サンヨンとユン・ジチュンはさらし首になりました。
これが最初の迫害で、珍山で起こった事件の余波はやがてソウルに及びます。
まずはクォン・イルシン(稷庵)が病の母を兄チョルシンに託して義禁府へ。
ユン・ボベがクォン・イルシンにひそかに手紙を送り励ましています。
このとき捕えられた20人あまりのうち(大妃が主導していたようですね)
金品に惑わされたり厳しい取調べに屈した者は早々に天主を捨てたそうです。
「今はなんとしても家に帰って病気の母上を看病するのが孝行ではないか・・・」。
なんとかしてクォン・イルシンを助けたい正祖が、チェ・ジェゴンを通じて説得。
しかしクォン・イルシンはいくら痛めつけられても信仰を捨てようとしません。
正祖の意はチェ・ジェゴンを通じてイ・ブマン(イ・ビョク父)に伝えられ、
済州島へ送られる途中のクォン・イルシンにイ・ブマンが会いに行きました。
イ・スンフンとチョン・ヤクチョンの作戦に乗っかることにしたイ・ブマンは、
クォン・イルシンは背教を口にしました・・・と正祖に真っ赤な嘘を報告します。
喜んだ正祖は、クォン・イルシンの配流地を済州島ではなく礼山に変更してやるも、
年老いた母親がいる礼山へ送られる途中で亡くなりました。50歳でした。
進士ホン・ジヨンの後妻であるカン・ワンスクは、活動のために留守がちでした。
西洋の化け物に感化されるとは何事!出て行け!と夫が追い出そうとします。
すると、カン・ワンスク継子のピルジェ(洗礼名フィリップス)と姑が出てきて
「この家で信仰していないのはお前だけ!嫁を追い出すなら私たちも出て行く!」。
びっくり仰天なホン・ジヨンは、悩みぬいた末、家族に財産を渡してこう言います。
「私の代でこの家門を終わらせるわけには行かない。皆で出て行け・・・」。
信者が4千人を超え、主要メンバーは明道会(ミョンドフェ)を結成して活動中。
そんな折、蘇州生まれのチュ・ムンモ神父がはるばる北京からやってきました。
神父の住処を見つけろ!とキム・ファジン&シム・ファンジが張り切りまくります。
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