ハン・ミョンフェの意見ももっともだと認めたがる大王大妃(貞熹王后)でしたが、
王子は私が育てます!王の顔を傷つけるとは許せません!と仁粹大妃が拒みます。
吏曹判書カン・ヒメン宅で、母親を恋しがる幼い王子の姿に心を痛める成宗。
王子は母親の顔を知らないから新しい王妃に生母のように振舞わせましょう・・・、
生母ユン氏のことは緘口令をしかせましょう・・・と仁粹大妃が説得します。
やがて王子は療養していたカン・ヒメンの家から戻り、宮殿で暮らし始めました。
ハン・ミョンフェやチョン・チャンソンらは引き続きユン氏の処遇について上訴。
世継ぎの母だからせめて離宮に住ませて衣類や食事を与えるべきと主張します。
しかし成宗の怒りは激しく、激昂して怒鳴りまくって臣下の意見を退けました。
ところが6月5日、今度は成均館の儒生たち65名が連名で抗議の上書を提出します。
儒生の背後には儒林があり、当時の社会では彼らこそが世論を形成する民衆。
王とはいえおいそれとは拒めないはず・・・とユン氏の家族は期待を抱きますが、
彼ら全員をぶちこんでしまえ!と憤った成宗が前例のない命令をくだしました。
もう少し後で上訴を出せばよかったのに・・・とハン・ミョンフェが指摘します。
国政も知らぬ若造めが!首謀者がいるはずだ!と儒生への怒りが冷めない成宗。
儒生たちは「オレたち全員が首謀者だ!」と反抗し、リーダーを特定できません。
みずから尋問しようとする成宗を、キム・ジョンジクが必死に止めました。
このドラマの激しい成宗の姿は「王と妃」の成宗と全然ちがいますね~・・・。
結局カン・サム、ユン・ヨンシン、ウン・ユンが首謀者とされ、それ以外が放免。
すると今度は残りの62名の儒生が3名の解放を訴える上書を出し始めました。
儒生たちは廃妃を受け入れるかわりに開かれた言路だけは守ろうとしたのです。
ユン氏の家に王命が届きました。母親以外の兄弟親族との交流を一切禁じられ、
出入りする者がいれば近隣の者に通報させ、監視もつけるという厳しいものでした。
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