進士クァク・ヨンが礼曹判書イ・イチョムと左参賛ホ・ギュンを弾劾しましたが、
妬みだろ?と光海君は全く意に介さず、反対にクァク・ヨンがしばかれました。
憤慨するユン・バンとカン・ホンリプを、イ・イチョムがなだめています。
ところがその尋問で、クァク・ヨンがホ・ギュンの新たな事実を告発しました。
「城は野原より劣悪 川を越えるほうがよい」という言葉を広めたというのです。
王権を揺るがす者は許さない!とイ・イチョムはホ・ギュンの切り捨てを決意。
司憲府と司諫院に指示して(←得意技です)ホ・ギュンを謀反で告発させました。
ホ・ギュンがイ・イチョムに会いに行こうとしていると、手紙が届きます。
「お互い疑われた身なのでしばらく会わないほうがいい」という絶縁状でした。
チェ・ミョンギルがチャン・ユ(渓谷/ケゴク)という男に会いに行きます。
チャン・ユは判書を務めたチャン・ウンイクの息子でキム・サンヨン家の婿。
キム・ジクチェの乱で巻き添えをくらって罷免され、故郷に暮らしていました。
光海君はホ・ギュンのことなんかより後金対策を重視しますが、朝廷は反対。
そこで臣下を一人ずつ呼び出して後金と明に対する意見を聴取してみると、
「文禄・慶長の役で明に恩はありますが、恩返しする必要はありません。
援軍を送ってくれたのは、朝鮮を助けるためでなく、自国のためだからです。
後金は我が国を敵対視しているわけではないので、国として礼遇すべきです」
とカン・ホンリプが自分とまったく同じ考えを述べてくれたので大喜びです。
このときカン・ホンリプは“三昌”を非難したことで弾劾される寸前でしたが、
光海君が彼を都元帥(トウォンス)に任じて北方へと派遣させました。
臨時職である都元帥は文官の筆頭があたる地位なので、大昇進だそうです。
トッポ僧侶はカン・ホンリプにイム・ギョンオプ(後の将軍)を紹介しました。
ついに明が朝鮮に援軍を求め、それを知った後金が派兵の中止を求めてきました。
今こそ明に恩返しすべきです!と朝廷は一丸となって出兵を主張しますが、
弘文館イ・シムを遼東に送って事情を話して派兵免除を求めよ!と光海君は命令。
これは、イ・シムが戻るまでの2ヶ月間は時間稼ぎができるという名案でした。
スポンサード リンク